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zoom RSS 『殺人についての問い』 〜『我が名はレギオン』チラシ文書先行公開〜

<<   作成日時 : 2009/08/14 16:58   >>

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 「人は何故人を殺してはいけないのか?」或いは「何故人は人を殺すのか?」ということが、ここ数年、私の最大の関心事であった。勿論、法的にも倫理的にも、人は人を殺してはいけないと云うことは、大げさに言えば人類の一つの共通認識として共有されているとは思う。だがひとたび「何故?」という根源的な問いを発すれば、その答えは袋小路に迷い込む。凶悪な犯罪が発生すれば、人々は犯人を死刑にしろと口にするし、北朝鮮から日本を守る為には憲法を改正して戦争が出来るようにするべきだという声も高まっている。人は「人を殺してはいけない」と言うその言葉の裏で「場合によっては人を殺すべきである」とも言っているのだ。

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 二〇〇七年の初頭、『渋谷区短大生遺体切断事件』が発生し、兄が妹を殺してバラバラにした事件としてセンセーショナルな報道が続いた。当時私は、大化改新を背景にした古代史劇の戯曲を書く準備に没頭していたが、この事件についてはできる限り記事を集め、その真実を知りたいと、続報を細かくチェックしていた。初期報道で、被害者である妹が短大に通う傍ら、女優業をやっており、加害者である兄の動機が「私には女優になる夢があるけど、お兄ちゃんにはないね」と言われたことに立腹した為だという報道が気になったからだ。たかだかVシネにちょい役で出たり、下北沢で小劇場の舞台に立ったというぐらいで、自分の兄を「夢がない」と詰ってしまう女優とはどんな女優だったのかという関心を持ったのだ。

 その後、両親が加害者である兄を庇って、被害者である妹を非難したとも読めるコメントを出したり、公判に伴う精神鑑定などで、加害者には生来のアスペルガー障害があり、事件当時には強迫性障害や解離性障害も発症していたこと、また、被害者にも反抗挑戦性障害という発達障害があった可能性があると指摘され、それらの子供達の障害について、家族は気づいていなかったと言うことも明らかになっていった。この家族にいったい何があったのか、何故兄は妹を殺さねばならなかったのか、その真実についての答えは未だに出ているとは言いがたい。

 『我が名はレギオン』は『渋谷区短大生遺体切断事件』を出発点にはしているが、直接にその事件を描いた物ではない。それは「このような殺人者が実際に現れる可能性があるかも知れない」という私の想像力の産物である。私は私なりに「人は何故人を殺すのか?」、「人は何故人を殺してはいけないのか?」という問いを考えてみようとした一つの過程である。勿論、その回答をこの作品が示している訳ではない。もしかするとこの問いとの葛藤は、一生続くのかも知れないと今の私は思っている。

 戯曲を書くという過程はまさにその葛藤の軌跡であり、俳優やスタッフ達とこの作品を共有することも、また「何故?」という問いに対する営為である。そして演劇はおそらく、「何故?」の答えではなく、問いその物を発信することしかできないのだとも思う。観客の皆様とも、その「問い」を共有できることを願ってやまない。

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