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zoom RSS 【渋谷短大生遺体切断事件−4】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−10

<<   作成日時 : 2007/12/02 17:40   >>

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  『渋谷短大生遺体切断事件』の考察、その四回目にして一応の完結編。勇貴、亜澄の武藤兄妹に何があったのか? そして女優・高峯駆は何故殺されなければならなかったのか? 私なりに現時点での結論を記しておく。

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【渋谷短大生遺体切断事件−4】

《まとめ……武藤家で起こった事》


 武藤家で起こった事は何だったのか……? 最後にその事をまとめてみたい。

 事件の直前、加害者である次男、武藤勇貴と、被害者である長女、武藤亜澄は、それぞれ別の形で家族の中から孤立していた。また、その内面などについても、両親からの理解を得られていなかった。

 被害者である亜澄の孤立は傍目から見ても分かりやすいものだった。家族、親族のほぼ全員が歯科医療の関係者であったり、それを目指す人生を歩んでいたのに対して、彼女一人がそれとは別の道を選んだ。また、子供の頃から、我が強くて他人と衝突する言動を繰り返していた彼女は、家族の中の鬼っ子であった。
 とはいえ、どうしようもなく他人を傷つけてしまうような言動を繰り返してしまう自分の性格について、彼女は彼女なりに悩んでいたようだ。いつの頃の事か定かではないが、精神科に通わせて欲しいという事を彼女は両親に申し出ていた。世間体のためか、事態を甘く見ていたのか、両親はその娘の希望を退けた。
 例えば、数日遅れで誕生日のプレゼントをくれた友人に対して、彼女は礼の言葉ではなく、「もっと早くくれれば良かったのに」という文句をつけているし、クリスマスプレゼントやお年玉を打ち切られる年齢が全て長男を基準にしていっせいに止められてしまう事で、末っ子である自分が如何に損をしているかというような不満をブログに書いたりしている。
 亜澄は、三橋歌織のような自己愛性人格障害を持っていたのかも知れないし、愛するが故に愛する人を傷つけてしまう言動の裏には、境界性人格障害も持っていた可能性がある。精神病や神経症ではないにしても、精神科医の診察を受ける、カウンセリングを受けるという事によって、彼女の生き方は変わっていたかも知れない。歯科医というのは一般の医師とは分野が異なるのかも知れないが、娘の精神科医やカウンセラーに相談する機会を奪ってしまった両親は責められても仕方がない。それは事件が起こる可能性をかなり低くした筈だと思えるからだ。

 一方、加害者となった勇貴の孤立は、ある意味、被害者となった妹よりも深刻だった。表向き、歯科医一家の息子に期待される歯科医師への道を歩んではいたものの、三度の受験に失敗し、間もなく迎える四度目の受験に対しても、彼は自信も希望も持つ事が出来なかった。そして、両親の別の学部を目指してはというアドバイスがあったにも関わらず、それとは別の道を選択するという可能性すら彼には考える事が出来なかった。奔放な妹に対して、理解できない部分や否定する感情を持ちながらも、おそらく、彼の中には自己実現の道を見つけた妹に対する嫉妬や羨望があったに違いなく、そのアンビバレンツな感情は、受験の日が近づくのと一緒に肥大していっただろうと思われる。
 精神医の作田明は、武藤勇貴に発達障害があった可能性を指摘している。彼が、自分でも合格は無理だと感じながらも、歯学部への進学に拘っていた理由には、発達障害特有の視野狭窄があったという可能性は極めて高い。彼がアスペルガー障害であったとまで言える材料はないが、公判で述べたように、犯行動機が強い怒りによるものではないとすれば、発達障害に起因する情緒的な欠損があったのかも知れない。また、逮捕された後の拘禁反応によって解離性障害から来る解離性健忘を発症し、事件当時の感情や記憶が消えてしまったのかも知れない。
 いずれにしても、事件の時点で、彼には将来の夢も希望もなく、現在や過去に対しても、何ら自尊心のよりどころがなかった。家族の中で一番追い詰められていたのは彼だったかも知れないと思うが、両親はその事には気づかなかったか、或いは直視する事を避けていた。

 被害者と加害者が、共に人格障害や発達障害に起因するコミュニケーション不全を抱えていたとしたら、その二人が、家の中で二人っきりになってしまったという状況に、運命の皮肉や神の悪意を感じてしまっても仕方がない。
 日本では、人格障害や発達障害に起因するコミュニケーション不全が幼少期に認知される機会が極めて少ない。日常的に討論したり、対話をするという事が少なく、知的な障害や遅滞を伴わない高機能自閉症や広汎性発達障害の場合、ペーパーテストの成績さえ良ければ、一寸した変わり者やおとなしい奥手の子として見過ごされてしまう場合が多いからだ。
 少なくとも、被害者と加害者が人格障害や発達障害を抱えていたかも知れない事を、両親や家族を含めた周囲の人間は見落としていた。娘の場合、精神科への通院を希望していた訳だから、両親は意図的にその事実や可能性から目を背けたという考え方も出来る。そしてその理由が世間体であるとしたら、被害者の不幸は決定的なものだ。この両親が、ある種の世間体に拘っていたという根拠は、事件の数日前に発生したトラブルが、おそらく、被害者の言動についての世間体にあった事からもうかがい知る事が出来る。事件直前、亜澄の家庭内での態度や言葉遣いを巡り、両親が「なぜ親や兄たちの立場をもっと考えられないのか」などとしかり、言い争いになったという報道がある。おそらく、親や兄の立場を考えない行動とは、R-15指定のVシネマに出演したというような、彼女の芸能活動が、歯科医師である両親、歯科医師となろうとしている二人の兄にとってマイナスの材料になると両親が考えたからだろう。被害者は、家族の中でとことん孤独な立場にあった。

 12月10日に初舞台、『ジャンピンガー』の舞台を終えた被害者は、程なく、12月15日に所属事務所キャンパスシネマとの所属契約を解除している。前にも述べたように、それが自主的な退所なのか、解雇であったのかは分からない。だが、少なくとも、その時点で、彼女は女優やグラビアアイドルになりたいという夢を放棄した訳ではなかったし、同時に芸能活動を続けるための足場も失っていた。おそらく、そのような状況の中で、来年早々に短大の卒業を控えた彼女の今後について、両親との話し合いがもたれ、彼女は短大で専攻していた情報処理関連の仕事に就職する事はせず、芸能活動を継続したいという意志を示したのだろうと思う。その結果として、「なぜ親や兄たちの立場をもっと考えられないのか」という両親の言葉が発せられたのだと思う。
 事務所や劇団との関係を絶ってしまった俳優というのはもの凄く孤独で不安なものだ。被害者もそのような心理状態にあっただろうと私は思う。彼女は業界での拠点を失った孤独だけでなく、それらの事実と想いについて、家族から応援されたり理解されるという事もなく、二重の意味で孤独だっただろう。だからこそ、彼女は自分に言い聞かせねばならなかった。

「私には女優になる夢がある」

 私が思うに、おそらく、兄をなじったとされる被害者の言葉の真意は、
「自分には有名になる夢があるのだ、自分はそれを諦めた訳ではないのだ。私はまだまだこれからなのだ、これから新しい事務所も探して、更に更に飛躍するのだ」
そのように自分を鼓舞して負けまいとする強がりのようなものではなかったかと想像する。多分、兄に対する、
「勇君には夢がないね」
という言葉はそのおまけのようなもので、特に兄を貶めようとした物ではないだろう。勿論、
「私は勇君とは違う。私は本当にやりたい事があってそれを夢にしている。だから私の方が勇君よりもずっとましだ」
そのような感情がなかった訳ではないだろう。だけれども、彼女にとっては、彼女自身を鼓舞して、業界とは孤立無援の状態になってしまった現在に踏みとどまり、更に先へ進む力を再確認するという事の方が大事だったのに違いないと私は思う。

 一方で、加害者となった勇貴の方は、確かに夢も希望も無いような状態だった。その一方で、妹のやっている事は輝いて見える事もなかったし、それを友人や知人に自慢できる事でもなかったとも思う。彼にとって……いや、演劇や芸能界と無縁の一般の人々にとって、若い女優やアイドルと云ったら、仲間由紀恵や沢尻エリカや柴崎コウといった人達の華やかな活躍について考えて、自分の娘や妹をそれと比較するだろう。それこそ、妹のと目指していたというショコタン、中川翔子と自分を比べてみたらどうなんだ、お前は自分がショコタンのようになれると本当に思っているのか? お前のやっている事は、友達にも知られたくない、エッチなビデオの脇役と誰も知らない無名の劇団のちょい役じゃないか……多分、そんな風に思っていただろうし、思おうとしていただろう。自分には夢も希望もないために、尚更、妹のやっている事はろくでもない事で、両親や兄も迷惑に思っているじゃないかという事も、妹を否定する口実にしただろう。
 もう一方で、彼は、高峯駆となった妹が、以前とは打って変わって生き生きとし始めたという事も十分に分かっていた。それは自分が望もうとしても望めない事だった。そんな妹を羨み、嫉妬する自分を、彼は多分認めたくなかっただろう。進学の部分でも、自己実現を目指すという人生でも、アルバイトで自分自身の自由になる金銭の収入を得るという面でも、全ての面で妹は彼の前を歩いていた。もう、中学や高校の頃に、写真を持ち歩いて友達に自慢していた可愛い妹であるところの武藤亜澄は、高峯駆という別人になってしまっていた。そして、高峯駆は、彼だけでなく家族全員のストレス源となっていた。
 そんな彼には、所属事務所との契約を解除して、業界との繋がりを失ってしまった、女優・高峯駆の不安と孤独を思いやり、察するような余裕も要素も持ち合わせなかった。妹が自分自身の孤独と不安しか見ていなかったのと同様に、彼には彼の孤独と不安以外、何も見えてはいなかっただろうと思う。

 2006年12月30日午後3時頃、二つの孤独な魂が衝突した。それぞれの孤独は、互いの孤独を思いやる余裕を失っていた。孤独と孤独の衝突は、明確な殺意すら持たない暴力によって、片方の孤独な魂は永遠にその口を閉ざした。



 事件の背景には、諸々の不幸が横たわっているという事、それはこの事件もその他の殺人事件、葛藤殺人の例に漏れない訳だが、「何故、武藤勇貴は妹を殺してバラバラにしたのか?」については、間もなく終了するであろう精神鑑定と、その後に再開されるであろう公判が結審するまでは、安易に結論を出す事が出来ないと思っている。ただ一つ、彼が両親からまるで理解されていなかったのではないかという事実は指摘できるであろうと思う。
 事件後に出された両親の手記では、悪いのは妹の方で、彼女が一言「ごめんなさい」と謝っていれば、この凶行には至らなかったのではないかと推察し、次男がこのような犯行に立ってしまった事が分からないと語っている。自分の息子がどうしてこんな大それた事をしたのか分からない……同じ事は宮ア勤の親も酒鬼薔薇聖斗の親も云っている。つまり、彼らの親と同様に、武藤衛、洋子夫妻には息子の事が分かっていなかった。それこそ、作田明が指摘するような、息子の発達障害を見落としていたかも知れないし、彼がどう生きたいのかすら見えていなかった。別の言い方をすれば、自立的に自分の将来設計や、夢や希望を持てるような子育てをしてこなかった。被害者遺族であり、加害者の親でもある武藤夫妻を非難するのは、気の毒な人達を更に鞭打つような行為であるかも知れないが、こればかりは事実なので仕方がない。
 この両親、医療関係者ではあるが、精神医学や心理学というものについて、殆ど知識や理解を持ち合わせていなかったように思われるし、娘が精神科に通いたいという希望を持っていたのを退けたように、心の病とか精神病に対してある種の偏見を持っていたのだとも思われる。
 何度も受験に失敗しながら、歯学部以外の進路を考えられないという次男に対して、発達障害を疑う事も出来なかったし、そも、娘が絶対に自分から謝るような事が出来ないような性格にどうして育ってしまったのか、それを専門家に相談するどころか、彼女自身の診察希望まで否定してしまった。兄にしろ、妹にしろ、そのどちらかでも精神科医やカウンセラーの診察や面談を受けていれば、事件が起こった可能性はかなり低くなる。

 両親の手記では、「何故、武藤勇貴は妹を殺してバラバラにしたのか?」は分からないとしながらも、「武藤亜澄は何故殺されなければならなかったのか?」については、彼女の性格によるところが大きいのだという解釈を可能にしている。そして世間は、そこまで卑下されてしまう被害者に同情したり、或いは、やはり妹の言動にも悪いところがあったというような非難をしたりしている訳だ。
 先にも記したように、彼女が自分の性格について、精神科医の診察を受けたいと考えていたのなら、それは行かせてやるべきだった。人格障害というのは精神病ではないから、治療が行われたとは思えないし、「ひねくれた性格が素直になる薬」などと云う物は存在しないが、それでも「殺されなければならなかった理由」というのは、かなり軽減したと思われる。

 もう一つ云えば、事件の初期報道で、下北沢の舞台に立ってVシネに出たというだけで、『私には女優になる夢があるけれどお兄ちゃんには夢がないね』などという言葉を吐く小劇場の女優という存在に対して、私がかなり不快感を持ったという出発点を振り返ると、本当に厳しく正当な訓練を受けた俳優なら、そう簡単に人を傷つけるような言葉は吐くまいに……と思った事がある。俳優というのは、人間についてのオーソリティーでなければならないから、それがきちんと訓練された俳優であればある程、どんな言葉が人を傷つけ、どんな言葉によって人が癒されたりするか、そういう事に対する想像力を持てるはずなのだ。
 私は一人の演劇人として、武藤亜澄が、正当な訓練を受けることなく、たかだか週三度のレッスンを数ヶ月しただけでVシネの端役でデビューして、下北沢の舞台に立ってしまうと云う安易な女優人生を歩み、人間の本質に迫るという、俳優や演劇人にとって、本来最も欠かせないし、また、ある意味で最も辛いが最も面白い部分に触れずに、兄をして自分を殺させてしまうような言葉を吐いてしまい、そして短い人生を終えてしまった事に、大変な不幸を感じずにはいられない。
 私は、正直言って、彼女に目標を与えるために、よかれと思ってキャンパスシネマを紹介したという友人も、この不幸に荷担したと思っている。女優を自己実現の目標とするなら、半端な女優になってしまってはいけないのだ。本当の本物に接し、本当の本物になれた時しか、自己実現など出来ないのだ。世の中に乱立する、半端な訓練で半端なデビューをさせてしまうという多くの養成所や事務所の存在が、高峯駆=武藤亜澄の死をもたらし、彼女を殺す事に荷担したのだという事を、もっと演劇や芸能界に関わる我々は意識しないといけないのだと思う。高峯駆の死は、そのように半端な俳優もどきを量産している我々の業界に対する警鐘だと考えねばならないと私は思う。今のところ、どんな資料やネット上のブログや考察を読んでも、
「半端な俳優を量産する芸能界のシステムが高峯駆を殺した」
というような発想や考察にたどり着いた物は無い。だが、私は事件のかなり初期から、このような芸能界の欺瞞が事件の背景にあったと感じていた。

 別に、武藤亜澄はキャンパスシネマではなく、新国立劇場や文学座の養成所や無名塾に行けば良かったのだと云いたい訳ではない。多分、そうした正当な舞台俳優という物と、彼女の目指していたグラビアアイドルやネットアイドルというのは、ある意味で全くの別物だと云っても良い。ただ、安易にアイドルになったり芸能界デビューをしたい若者達の受け皿として、ある種の小劇場演劇が機能しているというのは確かな事である。その状態が私にはたまらなく不愉快であるし、武藤亜澄の死に何らかの関与をしてしまったという事は確かなのだ。

 第二の武藤勇貴を生み出さないためにはどうしたらよいのか……それについては、今後の公判を待たねばならないし、その結果は、やはり、被害者遺族である両親や兄、また被害者も同時に裁かれるという当事者達には気の毒で厳しい真実に向き合わねばならないという困難な道になるだろう。
 ただ、第二の武藤亜澄=高峯駆を作らないようにするという事は、業界の片隅にいる人間として出来る事もあるだろうと思う。飼い犬を調教するように礼儀作法を教え込むのではなく、人間とは何であるかの追求を常にさせ続ける事。考える事を停止させない事……若い俳優志願者に対して、それを伝え続ける事が、多分、私に出来る唯一の微々たる事であろうと思う。そして、そういうスタンスを持つ先輩や相談者に恵まれなかった事が、尚更彼女の死を不幸な物だと思わせるのである。



 以上を持って、2007年12月2日現在での『渋谷区短大生遺体切断事件』についての考察の一区切りとしておく。今後、勇貴被告の精神鑑定が終わり、公判が再開された後に、また、別の形で考察は続けたいと思う。一審の判決が出た後には、誰かジャーナリストが、今はまだ公開されていない事実なども含むドキュメントを書くかも知れない。それも勿論追いかけたいが、兎も角、女優のプライドによって兄に殺された女優、高峯駆の悲劇を、私は生涯忘れないと思う。

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(続きを読む→http://kurenaiking.at.webry.info/200712/article_3.html

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マイナス思考を変えたいとは思いませんか?
自分の中のマイナス思考、ネガティブ思考を変えたいとは思いませんか? うつ病の原因... ...続きを見る
ありがとう。ありがとう。。。ありがとう。...
2007/12/08 10:04
【渋谷短大生遺体切断事件−3】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−9
 『渋谷短大生遺体切断事件』の考察、その三回目。今回は加害者である武藤勇貴についての考察。公判が精神鑑定で中断している事もあり、今後、今回の考察はひっくり返る可能性もあるが、現時点での考察として記録にとどめておく。 ...続きを見る
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2007/12/25 17:44

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
ここまで読んできて、なんで紅王がこの事件に深い関心と拘り(あるいは蟠り)を持つのかが解ったような気がします。

「死に至る病」があるように、「殺しに至る病」というものも、確実にあるのだね、きっと……。
猫神博士
2007/12/04 01:56

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