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zoom RSS 【渋谷短大生遺体切断事件−3】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−9

<<   作成日時 : 2007/12/01 00:49   >>

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 『渋谷短大生遺体切断事件』の考察、その三回目。今回は加害者である武藤勇貴についての考察。公判が精神鑑定で中断している事もあり、今後、今回の考察はひっくり返る可能性もあるが、現時点での考察として記録にとどめておく。

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【渋谷短大生遺体切断事件−3】

《「夢がない」と詰られた兄の「夢」》


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 「妹から『夢がない』となじられ、かっとなって殺した」

 事件発覚当初、警察での取り調べに対して、武藤勇貴は上記のように供述していたと伝えられた。公判での被告人質問で、勇貴は「なぜ殺さなければいけなかったか僕自身も分かりません」と述べ、取り調べ段階での供述を引っ繰り返した訳だが、この事はひとまず置いておく。

 この「夢がない」報道がされた時、私は、妹から「夢がない」と云われた彼には、本当に夢がなかったのだろうと考えた。夢のある人間は夢に向かって邁進する筈だから、その夢をぶちこわしてしまうようなリスキーな事はしないと思ったからだ。もしも、彼が本当に両親のように、また、そこに向かって着実に進んでいる兄のように歯科医師になるという事を夢として目指していたのなら、「夢がない」とか、「人の真似だ」と云われてぶち切れたりはしないだろう。何が何でも歯医者になろうとするだろうし、衝動的に妹を殺せば、妹の未来を奪うだけでなく、自分の将来だって台無しにしてしまうし、当然、両親や兄も社会的な制裁や誹謗や偏見から逃れる事は出来なくなる。人生設計をきちんと考えているのなら、それぐらいの事は分かるはずだ。だから、「夢がない」のも「人の真似」なのもみんな図星だったのではないか、私にはそのようにしか思えなかった。

 つまり、彼には「何が何でも歯医者になりたい」というような強烈なモチベーションは無かったのだろうと私は思う。勿論、私は歯医者になりたいなどという事をこれまで一度も考えた事がないし、何人と無くかかった歯科医師に、「先生はどうして歯医者になったんですか?」と聞いた事もないから、歯医者になった人や歯医者になろうとしている人の動機なんか分からない。歯医者の親に育てられて自分達も歯医者になった両親と同様に、ただ、歯医者になるのが当たり前だと思って、何の疑問も抱かずに彼も生きてきたのかも知れない。現在、武藤勇貴が歯科医師を目指していた訳としては、次の二つが伝えられている。一つは公判の被告人質問で弁護人に答えた、
「福島に住んでいる祖母は、祖父が生きているころ、歯科診療室をやっていたが、祖父が死んで無人になっていた。そこを継いだら喜ぶかなと……」
という動機と、もう一つは、検察側の起訴事実の中で述べられた、
「被告は「将来、砂漠を買って草を植えてオアシスを作り、環境保護に役立ちたい」という夢があり、資金稼ぎのために歯科医を目指していた」
という物だ。

 「祖母を喜ばせたい」という理由も、「環境保護活動の為の資金稼ぎ」という理由も、両方とも多分嘘ではないのだろうし、何となくそのように思いながら惰性で予備校に通っていたというのが一番事実に近いところにあると思う。親や祖父母を喜ばせたいというような感情は、別に彼だけが考える事ではないが、それ自体を根源的なモチベーションとするという事でも無いと思う。渋谷の歯科医院は長男が継ぐであろう事は、早いうちに暗黙の了解となっていただろうし、両親からそれとなく、
「お婆ちゃんの歯科診療所を継いであげたら、お婆ちゃんが喜ぶよ」
という言葉を聞いていたかも知れないし、帰省の度に、祖母自身からそんな期待の言葉をかけられていたかも知れない。

 多分、どんな親でも、子供が小さい頃から、こんな大人になって欲しいというような希望や期待を子供に語ったりする物だろう。それが良い大学を出て、一流企業に就職して安定した生活をして欲しいというしょうもない事であっても、馬鹿な親は馬鹿な親なりの馬鹿な期待を持って、馬鹿な夢を子供に投影しようとする。全く、そうした期待やプレッシャーをかけないのであれば、別の意味で育児放棄であったり虐待であったりという事に繋がって行くと思われるが、武藤家の場合はそうした子供への無関心や育児放棄とは別の問題が存在していた。多くの医師の子供達が、親と同じ医師になる事を期待されるというありがちなプレッシャーと同調圧力があり、長男は長男にありがちな責任感と生真面目さでもって、歯学部に進学して歯科医への道を確実に進んだ。期待に応える兄弟がいれば、当然、反発する子供も出てくるし、子供の頃に「歯医者になるのが当たり前」と思っていても、思春期を過ぎて色々な世界や情報に触れるようになって、反抗期を迎えたり、別の人生を考えたりするようになる。そういう事があるのが、まあ、普通なのではないかと思ったりする訳だが、「歯医者の子供が歯医者になる」という当たり前の期待に対して反発したのは、おそらく、彼自身よりも妹の亜澄の方が先だった。多分、彼は進学で先を越される以前に、親に対する反発と反抗という事で妹に先を越されてしまったのだ。

 親の期待通りに歯科医の道へと進んでいく兄、親に真っ向から反発して無関係な道に進もうとする妹の間に立って、多分、勇貴の精神は鬱屈していっただろう。歯科医師になりたい動機の一つとされている「将来、砂漠を買って草を植えてオアシスを作り、環境保護に役立ちたい」という夢は、考えてみたらおかしな話だ。環境保護が彼の最終的な夢なのなら、何もその資金稼ぎの方法として歯科医師を選択する必要はない。IT関係の会社でも起業して経営者になった方がナンボも儲かるだろうし、環境保護関連のNGOに参加するというような事の方が、よほど環境保護という最終目的のためには有効かも知れない。どうして歯科医師になるという事に拘らなければならないのかが分からない。歯学部の受験に失敗し続ける彼に対して、親は別の学部にしたらどうかというアドバイスもしたらしいが、勇貴はあくまでも歯学部の受験に拘った。どうして歯科医師に拘ったのかという事が、武藤勇貴という人物の屈折を解析する鍵になる。同時に、歯学部入学のために死に物狂いになっていたのかというとそうでもない。公判での被告人質問で、勉強したのは一浪目ぐらいで、後は大して頑張っていなかったと証言しているし、長男も、事件の直前には、「受験勉強をせずに徹夜でネットゲームに没頭する生活が続いていた」と証言している。これは何を意味するのか?

 もう一度、武藤兄弟の事件に至る生育歴を考えてみたい。

 事件当時の年齢から逆算すると、父の衛が39歳、母の洋子が34歳の時に第一子である長男が誕生している。加害者である次男勇貴の誕生がその二年後、更に翌年に被害者の長女亜澄が生まれている。長男が歯学部に合格し、入学した時点で勇貴は高校二年生、亜澄は高校一年生であったという事になる。
 おそらく、この頃の妹との関係について、勇貴は公判で次のような証言をしている。

 ◇ ◇ ◇

弁護人 「亜澄さんとは中学生のころから仲が悪く、憎悪感を抱くようになっていたのか?」

被告 「僕と妹の仲は悪くなかった」

弁護人 「悪くなかったというエピソードは?」

被告 「学校は違ったが、乗る電車は一緒だった。仲が悪ければ一緒に通学することもない」

弁護人 「電車の中ではどのような様子だったか?」

被告 「毎日、満員電車だったので、妹は体をくっつけるようなことがあった。頭を肩や背中に押しつけたり、すりつけたりするような仕草だったので、恥ずかしいやら照れくさいやらだった。『やめろよ』なんて言ったこともある」

弁護人 「友達が一緒になることもあった?」

被告 「はい。そういうときは友達と話を始めてしまうが、妹は『あっちゃんのゆうちゃんを取らないでよ』と言うこともあった」

 ◇ ◇ ◇

 勇貴は長男に二年遅れて歯学部を受験したが最初の受験を失敗し、浪人生活に入る。その時、亜澄は高校三年生であった筈だが、おそらく、既に自暴自棄な生活に入りかけていただろうと思われる。高校時代に、既に多少の暴力を含む喧嘩を勇貴は亜澄としているし、亜澄と両親の口論も度々あって、父親が泣く事すらあったと証言内容にはある。そして、両親の手記が真実であれば、亜澄は特に進学先を考えるでもなく、浪人中の勇貴がパソコンで出願に間に合う進学先を探した事になっている。それについて、妹から感謝の言葉はなかったと勇貴は証言しているが、亜澄は短大に合格し、勇貴は二度目の受験にも失敗した。

 勇貴は、二浪目から殆ど勉強しなくなったと証言している。進学で妹に先を越された事が影響しているかどうかは分からないが、皆無であるとも言えないだろう。ただ、亜澄の方も充実したキャンパス・ライフを送っていた訳でもなかった筈だ。家出をしてキャバクラでアルバイトしながら一人暮らしをしたり、愛人と同居したりしていたというのはこの時期だと思われるからだ。歯学部の学生であった長男を除けば、武藤兄妹は次男の勇貴も長女の亜澄も、鬱屈した青春を過ごしていた。その意味では、兄と妹は、悲観的な人生と夢のない将来をこの時期には共有していた。だが、勇貴が三度目の受験に失敗するのと同時期に、妹の亜澄には劇的な転換期が訪れていた。芸能事務所キャンパスシネマに所属する事で、彼女が高峯駆になったからである。

 妹の芸能活動について、勇貴がどう考えていたのかについての具体的な証言の報道はない。ただ、両親の手記では、「亜澄の他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかったのは事実です。こうした亜澄の生活態度を見ているうちに、亜澄と一歳しか違わない勇貴は、妹が両親を悩ます元凶と思い込むようになったのではないかと思います」と表現されているから、当然、亜澄を理解できない「家族」の中に勇貴も含まれていたという事になるだろう。少なくとも、両親の目にはそのように見えていた。
 おそらく、祖母を喜ばすためだろうと、砂漠を買って緑化するための資金稼ぎの方法だろうと、三度も受験に失敗していながら、歯学部への進学以外の未来図を想像できなかった勇貴にとって、妹の飛び込んだ芸能界が全く未知の理解不能の世界だった事は確かだろうと思う。また、予備校生の彼にとっては、『くりいむレモン プールサイドの亜美』を予備校の友人や知人に妹のデビュー作として紹介したり宣伝したりという事も出来なかったに違いない。少ない出番の妹を認識して貰える訳でもなく、エッチなシーンオナニーのおかずにされるのが関の山だぐらいの事は彼にだって分かったはずだ。
 仮に彼自身が否定的な感情を持っていなかったとしても、歯科医一家武藤家の一員として、勇貴は亜澄の選択と言動を否定しなければならなかった。だが、多分、妹の亜澄には、勇貴の無視し得ないある種の変化が起こっていた事が想像できる。多分、相変わらず外泊を繰り返したり、その言動から家族との口論が絶えなかったとしても、亜澄は高峯駆としての生活をするようになってから、日に日に明るい表情とある種の自信を身に付けていき、それが顔つきや表情に現れるようになっていったと考えられるのである。

 物言えぬ被害者となってしまった亜澄を代弁する形で毎日新聞の取材に応じた友人の談話についての記事に次のような物があった。

 「友人は事件後、テレビに映し出された勇貴容疑者の映像を見て驚いた。出会ったころの彼女とそっくりだったからだ」

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 ここに並べられた二つの写真を見比べてみると、鬱屈した兄と充実した妹の歴然とした差を観る事が出来る。現在、ネット上などから手に入れられる武藤亜澄の写真は殆どが高峯駆となって以降の物だが、事件直後に写真週刊誌などに掲載された、過去の亜澄の写真を見ると、逮捕直後の兄の表情とかなり同質の沈んだ表情をしていた事が分かった。おそらく、二人の容貌についての友人の証言は事実に近い物だと私は思う。グラビアアイドルは無理としても、ある種のビジュアル的なニュースバリュー、商品価値を持っている「高峯駆」の諸々のポートレートと過去の亜澄の写真は全く印象が異なる。それは単に、芸能事務所に所属する事で化粧が上手くなったとか、そういう次元の物ではないだろうと私は思う。そして、妹の内面から来る表情の変化に、当然、勇貴は気づいていたし、それによって彼の中の何かが変わるか、或いは壊れ始めたのではないかという可能性は大いにあるだろう。

 勇貴には妹が芸能人・高峯駆として充実感を感じていた理由など理解できなかったかも知れない。女優という存在が、どんな訓練を受け、どんな精進をしなければならないかも分からなかったに違いない。また、女優になるという事による自己実現の充実感も、全く理解できなかっただろうし、想像する事も出来なかっただろうと思う。だが、妹が、日毎に充実感や自信を身に付けて、「自己実現」に向けて着実に向かっている、その実感を妹が持っているのだろうという事は、明文化できなくても感じていたに違いない。そんな妹に、彼は嫉妬と羨望を感じつつも、歯科医一家の同調圧力と暗黙の了解の中で、妹の芸能活動を戯けた事、恥ずべき事であるというような家族内の共通認識の中で否定しようとも考えただろう。
 一方で、兄である長男は、着実に歯科医師になるコースを順調に歩んでおり、自分には四度目の受験でも合格の希望さえ持てない……この事によって、彼は完全に引き裂かれ、ぶっ壊れてしまったのではないかと私は思う。
 ここで一言付け加えておくならば、三浪目になる勇貴自身は、ただ自宅と予備校を往復するだけの日々があり、勿論、アルバイトなどをして自分の自由に使える金銭などは殆ど無かっただろうと思う。両親が歯科医であるから、生活に困窮するような事は無かっただろうし、例えば永山則夫や造田博が経験したような貧困生活は無いだろうが、彼自身に経済的な自立心を持てるというような環境はなかった。大学生活を送る兄にはそれなりの自由な金銭と時間があり、妹は短大に通いながらも芸能事務所から僅かながらも収入があり、家出の経過からかどうかは分からないが、アンナミラーズでアルバイトを許されていたから、自分の稼いだ自分の自由になる金銭があったはずである。
 悪い意味で言えば、彼はただ、親の経済力によって予備校と自宅を往復する飼い殺しの生活を送っていたのである。

 事件直後に控えていた四度目の歯学部受験と犯行について、勇貴は被告人質問で検察官と次のようなやりとりをしている。

 ◇ ◇ ◇

検察官 「平成18年12月10日に予備校の三者面談があって、結果はかなり厳しいものだったが、お父さんはどういう反応を?」

被告 「はっきりとは覚えていませんが、『なんだこの成績は』というものではなかった」

検察官 「とても合格できないと自覚していたか?」

被告 「はい」

検察官 「3浪までさせてもらっているお父さんに、申し訳ないという気持ちはなかったのか?」

被告 「そのときどう思っていたのかははっきりしないが、いいとは思っていなかったはず」

検察官 「お父さんには、どう思っていたのか?」

被告 「そうですね、はっきり覚えてない」

検察官 「合格の可能性をどう考えていたか?」

被告 「はっきりとは言えないが、合格できるとは思っていなかったのではないでしょうか」

検察官 「恥ずかしいとは思わなかったか?」

被告 「思ったとは思う」

検察官 「妹さんに『勉強しないから成績悪いと言っているけど、本当は分からないね』と言われたのは間違いないか?」

被告 「そのように思う」

検察官 「この発言で怒ったのか、怒らなかったのか?」

被告 「よく覚えていない」

検察官 「さっき『腹が立つとめまいがする』と言っていたが、めまいはしたか?」

被告 「分かりません」

検察官 「分からないってことは、理由なく木刀で殴ったのか?」

被告 「そうですね」

検察官 「なぜ殴ったのか分からないのか?」

被告 「殴るほどの発言ではなかったと、今では考えている」

検察官 「その当時の感情は?」

被告 「ちょっと分からない」

 ◇ ◇ ◇

 彼は兄のように歯科医師になるために頑張る事が出来なかった。兄がどれだけの精進をして歯学部に合格したのかを彼は知っていたが、それと同じような頑張りを自分に課す事はしなかった。そこまで頑張る程の魅力や希望を歯科医師という未来に見いだす事は出来なかったのだ。
 そして、妹のように、親の期待とは全く別の進路に進むという選択肢を考える事も出来なかった。彼にとって、妹はおそらく、両親が思っていたように、「親や兄の立場を考えずに恥ずかしい芸能活動をするぐれた不良」だったのだ。
 彼は兄のように優等生である事も、妹のように不良になる事も出来なかった。そして、どうせ今度も合格できないのだと承知しつつも、歯学部志望の予備校生を続ける事しかできなかった。そしておそらく、四度目の受験にも失敗するだろうという予感を持っていた彼は、その後、長男のように、何が何でも歯科医師を目指すという未来も、妹のように、歯科医師とは全く無関係の道を歩むという未来も、共々にイメージする事が出来なかったのだと思う。
 そうなのだ。彼には事件が起こったその時点では、まさに「夢がなかった」のに違いないのだ。
 彼には失ってしまう事をリスクだと考えられる夢も未来もなかった。同時に、「女優になる」とか「グラビアアイドル」や「ネットアイドル」になるという妹の夢も、夢などといって誇らしげに語るべき物とも思えなかった。歯科医師としての両親の現在の地位も、長男の歯科医師としての未来も、死守しなければならない重要な物だという認識を持つ事が出来なかったのだろうと私は思う。
 自分には夢がない、両親や兄の選んだ道には夢が持てない、妹のやっている事を夢なのだとはとても思えない……自分には、いや、家族の誰にも、失って悔やむような夢も未来も現在もない……その時、彼にぶつけられた妹の言葉があったのだ。

「勇君は自分が勉強しないから成績が悪いと言っているけど本当は分からないね。私には女優になる夢があるけど、勇君にはないね。勇君が歯医者になるのはパパとママのまねじゃないか」

 その時、武藤勇貴の心の中に何が起こったのかは分からない。初期の警察調書にあるように怒りが爆発したのか、公判で述べたように、ドライに、ただ、淡々とした情景のように無感動に犯行が行われたのか、その真実は今はまだ分からない。
 ただ一つ、確かな事は、その時、彼は妹と自分自身の未来を全て粉々にしたという事だ。彼らの両親と長男の社会的な地位についても、全く顧みなかったという事だ。彼にとって、それは失われても惜しくはない事だったという事だけは確かだ。自分の未来も、妹の未来も、そして両親や兄の未来も……いや、過去も現在も未来も、その全てが彼にとっては失われてはならない物ではなかった。少なくともその瞬間には……

 彼にはやはり「夢」などという物はなかったのだ。現時点での情報では、私はそのように結論せざるを得ない。そして、彼に向かって「夢がない」という言葉を投げかけた妹の「夢」は、彼にとって「夢」として賞賛する事も祝福する事も出来ない未知の領域にあった。更には、自分が「夢」であると信じてきた、両親がそれを職業とし、兄もまたそれを目指している歯科医師という未来も、彼にとっては魅力的な未来図としての「夢」ではあり得なかった。
 両親の夢、兄の夢、妹の夢、そして、自分自身の夢……その全てが嘘っぱちなのだという事を、少なくとも彼は知っていたのだ。
 そして彼は、その全ての嘘を粉砕した。

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(続く……次回、《まとめ……武藤家で起こった事》、この項も完結予定)

(続きを読む→http://kurenaiking.at.webry.info/200712/article_2.html

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【渋谷短大生遺体切断事件−2】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−8
 前回に続いて、『渋谷短大生遺体切断事件』の考察を続ける。事件の当事者である武藤家の人々、その家族の関係について考えたいが、今回の記述は殆どが被害者である妹、武藤亜澄、そして女優の高峯駆でもあった彼女についての考察が大半を占める。武藤亜澄が高峯駆となった時、トリガーが引かれる前の弾が込められた事は確かだろう。この事件の話はまだ続く。 ...続きを見る
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