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zoom RSS 【渋谷短大生遺体切断事件−2】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−8

<<   作成日時 : 2007/11/28 17:10   >>

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 前回に続いて、『渋谷短大生遺体切断事件』の考察を続ける。事件の当事者である武藤家の人々、その家族の関係について考えたいが、今回の記述は殆どが被害者である妹、武藤亜澄、そして女優の高峯駆でもあった彼女についての考察が大半を占める。武藤亜澄が高峯駆となった時、トリガーが引かれる前の弾が込められた事は確かだろう。この事件の話はまだ続く。

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【渋谷短大生遺体切断事件−2】

《歯科医一家武藤家》

 武藤兄妹の一家は両親と二男一女の五人家族で、典型的な歯科医一家であった。
 両親は共に歯科医である。父方の祖父も歯科医で、祖母も歯学部の出身者であったらしい。母方の祖父母は共に歯科医である。渋谷区にある武藤歯科医院はこの母方の祖父の開業した物であるらしい。父親の衛はこの自宅兼歯科医院で歯科医を勤め、母親は別に某ホテル内で歯科医を開業していたらしい。
 長男は事件当時、歯学部に五年生として在学していた。おそらく、武藤歯科医院の跡継ぎとして期待されていたと思われる。
 加害者となった次男、武藤勇貴はやはり歯学部への進学を目指し、三浪中だった。予備校(医歯薬獣医学部専門予備校メディカルマインド)の歯学部コースに通っていたという事で、この授業料は年間300万円、逮捕時に参加していた強化合宿の参加費用も12日間で60万円であったという情報もある。
 被害者となった武藤亜澄は、祖父母、両親、二人の兄がいずれも歯科医師であったり歯科医師を目指して勉強していたりという家族の中にあって、ただ一人、東海大短期大学部情報・ネットワーク学科に通い、同時に東京都内の芸能事務所、キャンパスシネマに在籍、高峯駆の芸名で芸能活動をするという、他の家族とは全く異なる人生を歩んでいた。

 現在のところ、武藤兄妹の両親の生育歴、生活史についての資料は殆ど無い。自宅を兼ねていた歯科医院は母方の祖父の開業した医院であるらしいが、父親が婿養子となったのか、マスオさんをしていたのかも不明である。ただ、母方の祖父の歯科医院を父親が継いだという事は、母親は一人娘か、兄、弟のいない長女であった可能性が高い。最も重要な事は、両親が共に、歯科医師の親から生まれて育てられた歯科医師であるという、職業、社会的なステイタスの継承という人生を歩んできたという事である。歯科医師になるべく、歯科医師である祖父母に育てられた武藤家の両親は、ある意味で当然のように、自分の子供達にも将来、歯科医師になるという子育てをしていたのではないかと考えられる。
 おそらく、長男は最初から両親の歯科医院を継ぐ事を期待されていたであろうし、その期待に答える形で歯学部に進学しており、そのまま現在も在学しているのなら、歯科医師の免許を取るのもそう遠い将来の事では無いだろう。親にとっても子供にとっても、将来は歯科医になるのが当然という思いこみの中で育て、また育てられてきた事は想像に難くない。それは、親子が人生設計を熟慮の末に決定した結果と云うよりも、考えるまでもなく当然の子育てと将来の進路という物ではなかったかと私は想像する。歯科医になるべく歯科医に育てられた両親が、その連鎖、その反復として自分の子供も歯科医になるように育て、子供の方も当たり前の事として歯科医を目指していた……そういう事ではなかったかと私は思う。
 医療関係者の中でも、歯科医師という仕事は、例えば、普通の医師が、外科、内科、小児科、皮膚科、精神科、耳鼻科といった診療科目を一通り研修医としても体験してからそれぞれの専門分野を選択するという事とは違って、医師の中でも特殊な技術職とでもいう職種であって、ある意味、職人が代々その職を継承していくような家族関係が作られていたのかも知れない。

 三人の子供達の中で、長男は、その当然の人生としての歯科医師の将来を選択して順調にその道を歩み、末っ子の長女、事件の被害者となった亜澄は、全く無関係な進路へと進もうとしていた。亜澄があえて歯科医一家に暗黙の了解としてあった、歯科医師業界での人生を拒絶したのかは後にまた考えたいが、最も微妙な立場にいたのが、加害者となった次男、勇貴であったと考えられる。彼は、歯科医師になるのが当然という武藤家の暗黙の了解に従って歯科医師を目指していたが、歯学部への受験は三度にわたって失敗していた。兄のように両親の敷いたレールに乗っかる事も出来ず、かと云って、妹のように、全く別の選択をする事もしなかった。
 事件の加害者と被害者になった兄と妹は、歯科医一家の暗黙の了解の中で、それぞれにストレスを抱えていたと考えられる。事件が発生するまで、被害者と加害者の両者が、どのようなストレスを抱え、惨劇に至ったのかを考えてみたい。


《高峯駆の誕生》

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 武藤亜澄の少女時代の情報もまた殆ど無い。ただ、両親の手記、友人や所属していた芸能事務所関係者らの証言から、かなり我が強く、歯に衣着せぬ物言いをする女の子だったのだろうと想像できる。品行方正なエリート一家に、時として、家族のダークサイドを一身に背負ってしまい、その負の部分を体現してしまう鬼っ子が生まれる事がままあり、私も自分の親族の中にそのような例がある事で、体験的にその可能性をどうしても考えてしまう。

 いずれにしても、亜澄は家族の中で浮き上がった存在であったと考えられる。

 おそらく、彼女は、かなり早い時期から歯科関係の進路には進まない事を家族に表明していたか、そのような暗黙の期待や思いこみを拒否していたであろうと思う。
 進学した東海大短期大学部情報・ネットワーク学科については、両親の手記によれば、加害者である兄、次男の勇貴がパソコン検索によって探し当てたとの事である。事件の起こった2007年の3月には卒業予定であったという事であるから、入学時期は2005年の春だという事になる。学校には真面目に出席していたようだが、特に情報処理やネットワーク関係の仕事に就きたいと考えて入学した訳では無いのだろう。事件当時の彼女の夢は、グラビアアイドルであり、ショコタンこと中川翔子のようなブログアイドルになる事であったらしいから。
 一方、芸能事務所のキャンパスシネマに所属したのは2006年3月であったらしい。友人と称する男性の証言によれば、彼と出会った05年秋頃の亜澄は、「いつ死んでも構わない」が口癖であり、家出して男性の世話をしながら同居していた。その後、家に連れ戻された後も目標が見つけられず、暗く、悶々とした日々を過ごしていたという。見かねたその「友人」という男性がキャンパスシネマを紹介し、彼女は自ら選んだ芸名「高峯駆」を名乗り、ブログを開設して別の人生を歩み出す事になる。

 武藤亜澄には、高峯駆という芸名とはまた別の名前として、ソーシャル・ネットワーキング・サイトmixiで「るーしあ」というニックネームを名乗っていたという説がある。2007年11月27日現在、mixiで「るーしあ」を名乗っているユーザーは10人程いるが、その中の一人が武藤亜澄であった可能性はかなり高い。ユーザーのプロフ写真として、高峯駆名義のブログに貼られていた画像で、彼女自身が抱いていた猫と同一の猫らしき写真が使われている事、自己紹介の中で、やはり高峯駆名義で出演していた舞台についての告知がされている事から、そのユーザーが亜澄であるという推論には信憑性が高いと考えて良いだろう。このユーザーにはmixi事務局からの制限が加えられており、一般ユーザーが、この「るーしあ」のページにアクセスする事は現在不可能である。
 また、現在、ネット上に流出している画像の中に、「貢がれ隊っ♪」というmixiのコミュニティーに、この「るーしあ」の書き込みと思われる物として、 次のような物がある。

 ◇ ◇ ◇

よろしくですw
うちは家が厳しくてバイトとかできないんで
愛人の良さに嵌ってしまった女の子です。(笑

親には「友達と遊びに行くー」っていって
貢いでくれる人には「12時までに帰らないと親に怒られちゃう」って伝えておけば丸く収まるし、現金+欲しいもの貰えるし、楽だなって。
でも一人じゃちょっと足りないんでどうやったら愛人になれるのかなみたいな話が出来るかなーと思って入ってみましたw

(2006年02月28日 00:01)



>コリンさん

えぇ??コリンさんは何人いらっしゃるんですか?
というか、そちらのほうがどこで見つけたのか知りたいです。。。
私はキャバでバイトしていたときのお客さんと、キャバやめたあとに連絡とったらなんとなくそうなりましたw

(2006年03月08日 17:13)

 ◇ ◇ ◇

 上記の書き込みが亜澄本人であると推定される「るーしあ」と同一人物だと特定できる根拠はない。該当のトピックは該当コミュから既に削除されているようなので、追跡する事も不可能であるが、この書き込みは、武藤亜澄が愛人をやったり、援助交際をしていた、キャバクラでアルバイトをしていたという風聞の根拠になっている。
 仮に、亜澄本人の書き込みだとしたら、日付的に、自暴自棄の生活をしていた時期から、芸能事務所キャンパスシネマに所属する直前の時期の書き込みだと推定される。何はともあれ、毎日新聞のインタビューに答えたという友人は、彼女の、家出や外泊を繰り返し、ボーイフレンドとは別の男性と同居するような生活から彼女を立ち直らせようとして、芸能事務所を紹介し、目標を与えたのだと証言している。

 だが、「高峯駆」となった後も、亜澄はしばしば外泊を繰り返し続けていたようだ。実際、事件の直前、インターホン越しに、後から来るようにと云って母親達は帰省(帰省先は父親の実家)しているが、殺害されたために亜澄は帰省しなかったし、父親共々帰京した後も、家族は亜澄が家にいない事を、外泊しているのだと考えて疑っていない。つまり、亜澄は家族とは別に年末年始を過ごしたとしても不思議はないと両親や兄が考える、そのような家族関係になっていた事を示している。おそらく、良く言っても亜澄は家族から手に負えない子供として諦められていたし、別の言い方をすれば、その時点で既に両親や家族から見捨てられていたのだと思う。
 依然として外泊を繰り返していた亜澄の行き先が、以前のような愛人宅だったのか、それとも恋人の所だったのか、或いは芸能事務所に所属する事で新たに作られた人間関係に基づくのかについては情報がない。しかし、彼女が「高峯駆」となった事によって、彼女と家族の関係が好転したとは考えにくい。それまで、単に反抗的で素行の悪い娘でしかなかった亜澄は、高峯駆という芸能人モドキになってしまい、ますます、歯科医師の世界しか知らない家族にとっては、理解不能の怪物になってしまったのではないだろうか? 芸能人としての自分の目標、夢を理解して欲しいと亜澄が考えていたとすれば、これはとてつもない悲劇の始まりだった。


《女優・高峯駆と武藤家の葛藤》

 そも、私がこの事件にこれ程の関心を持つに至ったのは、事件の初期報道に、被害者である亜澄について、「妹は舞台女優として活躍」という見出しを見たからだった。アサヒ・コムの2007年1月5日00時45分のニュースには次のように書かれている。

「一方、妹の亜澄さん(20)は「高峯駆(たかみね・かける)」の芸名で舞台女優としても活躍していた。昨年12月には、東京・下北沢で演劇に出演したほか、雑誌にも紹介されていたという」

 彼女が出演していたのが、東演パラータで2006年12月6日から10日まで上演された、劇団シラタキ旗揚げ公演『ジャンピンガー』(作・演出/MAW)であるという事は、おそらく多くの人が検索をかけただろうし、程なく、諸々の媒体やネット上のブログなどで公になった。演劇に少しでも関心のある人なら、東演パラータというのは、下北沢の劇場と云って良いのかが疑われる程、小劇場のメッカとしての下北沢の劇場というイメージからは遠い劇場であり、その東演パラータでの五日間の公演という規模から、どれぐらいの格付けがされるのかはピンと来る。私は、その程度のステイタスで、「私には女優になる夢がある。お兄ちゃんには夢がない」などと云って兄をなじってしまう小劇場の女優というイメージに、かなり不愉快な印象を持った。ブログやmixiの日記に、演劇関係者に対する否定的なコメントを書く人が多かったのも無理はないと思った。

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 女優としての高峯駆のキャリアとして公になっているのは、2006年10月27日発売のVシネマ、R-15指定の『くりいむレモン プールサイドの亜美』の端役、および、上記公演『ジャンピンガー』のみである。『くりいむレモン』の端役は、事務所に所属してから、比較的早い時期に得られた仕事だと思われるが、彼女はその後のオーディションには落ち続けていたらしい。
 Vシネマというのは、観た事のある人なら知っている事だろうが、殆ど、演技のスキルが無いような素人同然の名ばかりの俳優で作られている事が殆どで、端役となればそのレベルは尚更の事だ。『くれいむレモン プールサイドの亜美』は、それでもマシな方ではあるのだが、彼女に与えられた役は、殆ど演技力と呼べるようなスキルを要求される物ではなかった。82分の作品で彼女にはほんの数分しか出番はなかった。
 『ジャンピンガー』を上演した「劇団シラタキ」という劇団については詳細不明。扉座の劇団員なども出演している事から、それなりの横のコネがあるのだろうが、旗揚げ公演とされているこの芝居以外は、何をどう検索してもヒットしない。
 彼女が所属していた「キャンパスシネマ」という事務所についても、HPは存在しているし、所在地などは確認できるが、どの程度の規模の物かよく分からない。事件の影響からか、2007年の中頃でサイトをリニューアルしたらしく、彼女の所属当時の事は分からない。俳優志願者、若手俳優に対するワークショップやトレーニングは行っているようで、短大在学中の亜澄は、授業の後、週三回程、一回2〜4時間のレッスンに参加していたらしい。
 で、別に、それらのデータから、高峯駆という女優は、俳優として大した事がないという事が云いたい訳ではない。実際、大した事は無かった訳だが、彼女の不幸はそのような事にはない。彼女を「大した女優」にするためのバックアップや応援が家族から得られなかった事……いや、その応援をする為にどうしたらよいかという事を考える事も出来なかったであろう家族、両親との関係にこそ彼女の不幸があっただろうと私は思う。

 例えば、加害者である次男の予備校の学費は年間300万円であったというような事が伝わっているが、長男にしろ次男にしろ、息子一人を一人前の歯科医師にする為に、この両親はどれぐらいの教育費をつぎ込んだだろうか? 歯科医である両親にとって、子供を歯科医にするには、どのような教育が必要で、どれぐらいの費用がかかるかという事は、考えたり調べたりするまでもない、初手から分かりきっている事だったであろう。
 だが、女優になりたいとか、グラビアアイドルになりたい、ネットアイドルになりたいというような娘の夢については、どのようなバックアップをすればよいかは、さっぱり分からなかっただろうし、それを誰かに相談するというような発想すら無かったのではないかと私は思う。両親にとって、娘の芸能活動は、一時の気の迷いとか、単なる趣味や遊びの延長としてしか認識していなかったのではないか? でなければ、R-15指定のセクシー系のVシネマで、紫の特攻服のヤンキーというような端役でデビューするまで放置していた事の説明がつかない。

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 もしも、娘が女優になりたいというのであれば、いきなり芸能事務所に所属させるのではなく、堅実な俳優養成所なり、大学の演劇科なりを探してやった方が堅実かつ誠実であろうと私ならば考える。私が演劇科の卒業生であるからかも知れないが、本格的な俳優を目指すのであれば、短大に通いながら週三回程度のレッスンで演技力が身につくなどと云う程、演技というスキルは甘くない事を知っている。
 現在、俳優や声優を目指す若い人達を対象とした養成所や事務所は乱立の極みにあり、生徒を確保するためには、厳しい訓練を科す事よりも、簡単にデビューできるという実績を何が何でも作るという傾向にあるようだ。学校によっては、講師陣に対して、生徒を叱らないようにという通達がある所もあるようだ。叱られたり厳しくされると、さっさと他の養成所に移って止めてしまうからであるそうだ。多くの芸能事務所や俳優養成所が、利益追求だけを考えて経営を行っている。

 私であればそうした事務所や養成所は避ける。安易にVシネマの端役でデビューさせるのではなく、きちんとした舞台なり本編なりのオーディションを受けられるような、堅実に演技力を身に付けられる進路を選ばせる。本当に誠実に俳優を育てようとしている学校や事務所であれば、週三度のレッスンで、一年に満たない訓練しかしていない新人を、いきなりVシネマに出演させたり、小劇場の舞台に立たせたりはしない。本物の学校や事務所なら、本当に才能に溢れた新人であればある程、大事に育てて訓練するし、本当の本物の現場に出さなければ、本当の勉強にはならないという事が分かっている筈だからである。どうせVシネマに出させるのなら、端役ではなく、主役か準主役級の役につけさせる。それが所属俳優を大事にするという事なのだ。

 また、娘の目指しているのが、本格的な女優ではなく、グラビアアイドルであったというなら、芸能事務所ではなくてモデルの事務所を探してやれば良かったし、プチ整形やダイエットやエステの費用ぐらい出してやれば良かったのではないかと思う。三浪している次男に、年間300万円の学費で予備校に通わせ、12日間60万円の強化合宿に参加させる経済力のある親ならば、それぐらいは何でも無い筈だ。また、自分達にそうした学校や事務所を探す方法やツテがないのなら、分かっている人間を捜して相談すれば良かっただろう。渋谷区で矯正歯科も診療科目としている歯科医院を経営しているのなら、歯並びを治しに来た俳優やモデルの患者の一人や二人はいたのではないかと思われるし、直接の知り合いがいなくても、おそらく、そこにたどり着くまで、それ程の困難があったとは思われない。

 だが、この両親は、娘の夢のためには何もしなかった。自分達には分からない世界だからと放置していたのか、或いは、単なる遊びだと考えて舐めていたのかも知れない。ところが、娘はいつの間にかR指定の、AVと誤解されかねないエッチなビデオの端役として女優デビューしてしまい、事の成り行きに慌てたのではないだろうか? 両親や兄達が、彼女の出演したVシネや舞台を観たのかどうか、それについては情報がない。舞台については私は知らないが、『くりいむレモン』の本編やメイキングを見る限り、彼女には俳優として自慢できるようなスキルがあったとは思われない。

 また、堅気の親御さんにしてみれば、おそらく、歯科医師関係者ばかりが揃った親戚一同に、娘のデビュー作ですと云って『くりいむレモン プールサイドの亜美』を配るという事も出来なかっただろうし、娘の初舞台だからといって、下北沢駅から徒歩十数分もかかる劇場に招くという事も出来なかったのではないか?

 一部報道によると、事件の直前、亜澄は知人に家族との間でトラブルが発生していると伝えている。どうやら、彼女の言動をめぐって、二人の兄の迷惑を考えろと云うような事であったらしく、Vシネへの出演などが絡んでいたのではないかと推測できる。おそらく、『ジャンピンガー』の舞台を終えた後であろう。いずれにしても、彼女の出演した舞台、『ジャンピンガー』は、初舞台であると同時に遺作という事になってしまった。

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 そして、この舞台は12月10日に終演しているが、それから間もなく、15日に彼女は所属事務所との契約を解除している。これには、元々グラビアアイドルを目指していた亜澄にとって、演劇や演技中心の事務所であるキャンパスシネマから別事務所に移籍するための自主的な退所であるという情報と、事務所内での人間関係トラブル、出演した劇団の共演者とのトラブルによる、協議の上での解雇であるという情報がある。都心の裕福な家庭に育った彼女は、演劇の為に上京してきた地方出身の劇団員達と波長が合わなかったとも伝えられるが、家族に対してだけでなく、他人に対しても自己中心的な言動を繰り返していた彼女に対して、所属事務所の社長から、「人を怒らせた言葉を書き、反省しなさい」、「もっと人に対して優しい言葉遣いをしなさい」という叱責があったのは事実のようである。

 このあたりの事情は、彼女のブログが現在は削除されており、その引用として残されているブログ内容が、『ジャンピンガー』の稽古中である11月までしか無いので推測するしかない。ただ、加害者、勇貴被告の初公判で、母親の武藤洋子の証言にある、
「時期が悪かった。亜澄はアルバイトを辞めさせられて機嫌が悪く、勇貴は受験のプレッシャーがあった」
の中の「アルバイト」が、良く知られている亜澄のバイト先であるアンナミラーズの事を指しているのか、それとも芸能事務所キャンパスシネマの事を指しているのかで考え方は大きく変わってくる。もしも後者であれば、亜澄は事務所を自主的に辞めたのではなくて解雇されたのだという事になるし、更に、娘の芸能活動を母親はアルバイトと認識していたという事になるからだ。
 そこまで、母親や家族に理解されず、解雇という形でグラビアアイドルへの道のりが中断していた時期に、
「私には女優になる夢があるけど、勇君には夢がないね」
と口にしたのだとしたら、それは彼女の悲劇を更に色濃い物にしていたと思えてならない。

 私は、武藤亜澄は、自分自身で「女優としての高峯駆の限界」を知っていたのではないかという気がする。明文化して意識していたかどうかは分からないが、『くりいむレモン』への出演や、『ジャンピンガー』の舞台に立つ事が、女優の真似事でしか無く、本物の女優であるどころか、まがい物の芸能活動をしていたのだという事を心の底では分かっていたのではないかと思う。彼女はその事にもストレスを抱えていたのではないかと思う。自主的な退所か、解雇であるかは前にも記したように分からない事ではあるが、いずれにしても、彼女は「22歳までに皆が知っている存在に」なりたいと考えていたから、それを実現するには次のステップなり別のベクトルに進む必要があった。そして、事務所を離れ、家族の理解や応援も得られない彼女は、家族からも業界からも離れて、完全に独りぼっちだったのである。

(続く……次回、は《「夢がない」と詰られた兄の「夢」》より……)

(続きを読む→http://kurenaiking.at.webry.info/200712/article_1.html

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【渋谷短大生遺体切断事件−1】 『我が名はレギオン』公開創作メモ−7
 諸々の殺人者の横顔を一通り書き終えたところで、次回作執筆の最大のモチベーションとなっている事件について迫ってみたい。発覚から11ヶ月以上、詳細に報道などをスクラップし、関心を持って追い続けてきた『渋谷短大生遺体切断事件』について考察してみようと思う。歯科医一家の次男である兄、武藤勇貴が、妹の、長女、武藤亜澄を殺害し、遺体をバラバラにした事件である。  前述した、三橋歌織による夫殺し、『新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件』と事件の発生時期が殆ど重なっていた事もあり、何かと比較されながら、... ...続きを見る
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