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help リーダーに追加 RSS 大相撲の不祥事から見える日本という国の内面

<<   作成日時 : 2007/10/08 18:19   >>

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 事の起こりは横綱朝青龍だった。七月場所を終えた後、左肘靭帯損傷や腰の疲労骨折などで全治6週間との診断書を協会に提出して夏巡業を休場したにもかかわらず、モンゴルに無断帰国し中田英寿らとサッカーをしていたことが発覚し大きく報道された。怪我をしているはずなのに、笑顔でヘディングシュートを決める朝青龍の映像は、日本の相撲関係者、そしてファンを激怒させた。結果、朝青龍は8月1日に日本相撲協会から2場所出場停止、減俸30%4ヶ月、九州場所千秋楽までの謹慎の処分を受けた。また同時に師匠の高砂親方も減俸30%4ヶ月の処分を受けた。

 この事は、日本と同時に朝青龍を国民的ヒーローと考えるモンゴルでも大きく報道された。モンゴルのファンの反応は、日本のファンとは正反対に、朝青龍を擁護する声が圧倒的であり、在モンゴル日本大使館前にはファンが集まり、朝青龍への処分を人権侵害として撤回するように訴えたりした。モンゴルのマスコミには、圧倒的な強さを誇る朝青龍を出場させない事で、日本人力士を優勝させる為の日本相撲協会の陰謀だという論調すらあった。

 同時に起こったのが、処分を受けた朝青龍の抑鬱状態問題だった。処分を受けた後、8月5日、朝青龍と交流のある本田昌毅医師は「神経衰弱状態及び抑うつ状態で、うつ病の一歩手前」と診断したと記者団に答えた。

 この段階で、私は、多分、朝青龍には悪い事をしたのだという認識は一切無いのだろうな、と思った。モンゴルのファンが言うとおり、彼自身は、日本とモンゴルの親善の為、あるいは子供達の為に怪我をおして慈善サッカーに出たのだから、むしろ良い事をしたと思っていたのではないか? どうして二場所の出場停止や減俸、謹慎などと云う重い処分を受けなければならないのか、全く理解できず、それが引き金になって抑鬱状態になったとしても不思議ではないだろうと思った。モンゴルのファンが人権侵害を訴えたのは、謹慎とか自宅軟禁のような処分というのは、国家反逆罪に問われた政治犯クラスの犯罪者に対して行われる処分であるという事も関係しているようだ。

 この報道に対する日本の相撲ファンの反応は、また冷ややかで容赦のない物だった。まず、日本のファン達は、夏巡業を休む理由としてあげた怪我についても仮病に違いないと大多数の人が思っており、抑鬱状態についても詐病ではないかという見方をした。同時に、横綱たる者が、この程度の処分で心を病んでしまうと云う事は許されず、そんな甘えた横綱はとっとと引退してモンゴルへ帰ってしまえというような声も多く上がった。また、診察した本田医師が包茎手術の医師としても著名だった事から、その事を揶揄するような書き込みがネット上には氾濫した。

 この段階で、抗鬱薬の常用者である私は、「鬱病なんて甘えた人間の罹る病気だ」という大多数の人々の誤解が助長され、更に、鬱病者がその煽りを食って差別されるのではないかという危機感を持った。鬱病なんて誰だって罹る可能性があり、それが横綱だろうが大リーガーだろうがK−1のチャンピオンだろうが関係ないのだと云う事や、事実、鬱状態ならば、「頑張れ」などと声をかけないでそっとしておくしかないという事をmixiの日記などに書いたが、高砂親方自身も、
「俺も頑張るからお前も頑張れ」
と朝青龍に話したと会見していたし、私のmixiの日記にも、
「鬱病だろうが何だろうが出てこなければ首」
と云うような無知と偏見に満ちた書き込みが集中した。鬱病者に対して、「頑張れ」という言葉は禁句であり、自殺の引き金になるという事は、少しでも精神医学を知っている人にとっては常識である。私は、高砂親方を含む相撲関係者も、相撲ファンの一部も無知なのだなと思ったが、重要な事はそんな事ではない。とにかく、朝青龍は、相撲協会の選定した精神科医からの診察を受けて、解離性障害と診断され、モンゴルに帰国して治療する事になった。

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 朝青龍問題に対する日本のファンとモンゴルのファンの温度差というのは、多かれ少なかれ、朝青龍自身の相撲観、あるいは横綱という者に対するイメージと、日本の相撲関係者やファンの期待する横綱像との違いとして認識されなければならないと思った。日本人の多くにとって、大相撲は国技であって、その国技の頂点に立つ横綱は心技体の揃った人格者でなければならないという幻想がある。朝青龍は、以前から、稽古で弟弟子をプロレスまがいの技を使って怪我をさせたとか、態度が悪いとか、勝手にモンゴルに帰国したりとか、素行の悪い横綱として有名だった。しかし、土俵上での強さは圧倒的だったし、一人横綱として角界を支えてきた期間が長く、角界関係者も、ファンも、多少の忌ま忌ましさを感じながらも、彼の「横綱らしからぬ面」という物を大目に見てきたし黙認してきた。それがサッカーに始まる仮病疑惑と、鬱状態の詐病疑惑で一気に噴出し、全国民的な朝青龍バッシングが始まったという事なのだと思う。

 私は、特に相撲のファンという訳ではないから、これまでも朝青龍に対して、何だかコマッタチャンな横綱さんだなと思ってはいた物の、それほどの怒りとか憤りを感じたりはしなかった。その分、多分、冷静に観られているだろうと思うのだが、朝青龍自身には、おそらくサッカー事件の何が悪いのか、さっぱり分かっていないだろうと思うし、日本の相撲ファンが横綱に期待している人格者のイメージという物も、全く分かっていなかったのではないかと思うのだ。つまり、そういう文化的な背景を師匠である高砂親方は全く教育してこなかった、あるいは出来なかったし、来日して十年経ってもモンゴル人、ドルゴルスレン・ダグワドルジであるところの朝青龍と日本の相撲ファン、相撲関係者のカルチャーギャップが埋まらなかったという事だと思う。何故、師匠がその事に対して教育できず、カルチャーギャップを埋められなかったかと言えば、そもそも、そのような文化的な断層が外国人力士と日本人の間にはあるのだという事の認識が全く欠けていたからではないかと思う。相撲界がもの凄く閉鎖的で近視眼的な世界だという事の証左ではないかと私は思う。

 まあ、とにかく、朝青龍抜きの夏巡業は大成功に終わったし、九月場所は同じモンゴル人横綱である白鵬の優勝で幕を閉じ、朝青龍問題を払拭するように力士達は頑張っていたように見えた。だが、ここで、朝青龍問題などとは比べものにならない不祥事が発覚した。時津風部屋での新弟子のリンチ死問題である。

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 時津風部屋の新弟子、時太山、本名、斉藤峻さんは17歳、その年に高校を中退し、入門から僅か二ヶ月ほどである。6月26日の稽古後に体調を崩し、そのまま死亡した。当時は、通常の稽古の中での事故死と説明されていたが、この斉藤さんの死の原因が暴行死ではないかというスクープを週刊誌が書こうとした事をきっかけに、実は、死の前日には親方がビール瓶で殴っていたとか、その後、兄弟子達が集団暴行を加えていた事、死亡当日には「かわいがり」と呼ばれる激しいぶつかり稽古が通常の範囲を遙かに超える30分にわたって行われ、その後意識を失い、親方の指示で水をかけたが意識は回復せずに体温が下がりはじめ、今度は風呂場で暖めようとしたがやはり意識は失われたままで、ここに至ってやっと救急車で病院に搬送されたが意識を回復せずに亡くなったと云うような事が次々と出て来た。当初、時津風親方は「あくまでも通常の稽古の中での事故」だと説明していた。

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 遺族の話によれば、時津風邪部屋からは部屋の方で火葬にして遺骨を渡すというような事を申し出てきたが、それは困ると云う事で遺体が返還された所、体の各所に異常なほどの打撲痕、切り傷や根性焼きのような火傷の痕などが認められ、不審に思った両親の依頼で新潟大学での行政解剖が実施され、多発外傷性ショック死の可能性が浮上し、愛知県警も立憲に向けて動き出した。相撲協会も重い腰を上げて動き出し、時津風邪親方から事情聴取を始めるが、マスコミには時津風邪部屋に籍を置いていた元力士から、親方の酒癖の悪さや暴力癖、部屋で常態化していた暴力などの問題が暴露されたりした。時太山は何度か部屋の厳しさに耐えかねて逃げ出した事があり、事件の前日にも「良い子になるから向かえに来て欲しい」と父親に訴えていたという。息子の言葉を信じてやれずに「もう少し頑張れ」と言ってしまった。それがなければこんな事は起こらなかったのに……と親御さんは御自分を責める会見をされた。

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 事件後、三ヶ月も経ってから事の詳細が発覚したと云う事も異常だが、親方以下、口裏合わせによる隠蔽工作などが行われた可能性が極めて高く、事件性が高い。時太山に対して行われた「かわいがり」は、部屋を脱走した事に対する制裁として行われた可能性が高く、隠蔽工作の事実から、親方以下、兄弟子達も、それが悪い事だと自覚していた可能性は甚だ高い。日本相撲協会の理事会は、10月5日緊急理事会で、全会一致で時津風邪親方の解雇を決め、理事長以下、各理事、幹事の自主的な減俸を発表した。相撲の世界は独特の物だからという事で立件に消極的だった県警も、理事長の会見の中にあった「通常の稽古を遙かに逸脱したぶつかり稽古」という表現から、業務上過失致死ではなく、傷害致死での立件を検討し始めたと言われる。

 この事件はまだまだ捜査中であるし、新事実がこれから出てくる事もあるだろうから事実については何とも言えない。ただ、問題は、時太山に対して行われた「かわいがり」という名の制裁や私刑に相当するようなリンチが、時津風邪部屋の特殊な問題なのか、広く一般の相撲界に、そうした制裁や私刑を黙認している、習慣化しているという事があるのかが最大の問題となるであろうと思う。ビール瓶で殴っても人は死なないとか、金属バットで殴ったら人は死ぬかも知れないという想像力が持てないと云う事は、普通に考えたらあまりにも異常な事だ。

 「かわいがってやれ」
という言葉には、リンチや集団暴行を意味するニュアンスがあるという事を、たいていの人はテレビドラマなどの影響から知っている。この、相撲界における「かわいがり」という習慣が、言葉通りの期待した力士に対する愛の鞭、ハードな稽古として行われているのか、あるいは悪意の発動としての集団暴力、リンチの代名詞になっていないか、それをきちんと調査して明らかにする責任が相撲界全体にあるだろう。でなければ、これから相撲部屋に入門しようという若者はいなくなるだろうし、親御さんも安心して子供を預ける事は出来まい。北の湖理事長は、親方の監督責任を強調したが、これを時津風部屋の特殊な出来事と考えている大衆は少ないだろう。これでは、
「うちの部屋には過度なシゴキやイジメはありません」
と各部屋がアピールし、それを証明できなければ、新弟子を預ける事も難しくなるだろう。これが時津風部屋と時津風親方の個別の犯罪が問われているのではなく、相撲界全体の体質が問われているのだという事について、おそらく北の湖理事長は自覚していないし、その他の理事達も自覚的であるとは思えない。

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 さて、それでは朝青龍の仮病疑惑から時津風邪部屋のリンチ死問題、これらに共通する日本相撲協会の抱える病理とは何だろうかと考えてみる。北の湖理事長以下、協会の理事達は、個々の問題を高砂親方と朝青龍、時津風邪親方と時太山という個別の師弟関係の問題としてこれを処理しようとしているように見えるが、それで済む事なのだろうか? 現在、相撲協会の理事というのは、歴代の横綱、大関、関脇出身者であって、所謂相撲エリート達である。おそらくは十代の半ばから、相撲だけのに集中して精進し、他の世界の事は全く知らない人達であろうという事は容易に想像される。これは、各部屋を統括する親方達にしても同じ事だろう。

 例えば、外国人力士には、日本人とは世界観が違うかも知れないという発想を持つ事が出来ない。また、格闘技の指導責任者としては、「これ以上やったら死んでしまう」という限度を見極めて、ストップをかけるという監督責任があると思われるが、「かわいがり」という言葉が習慣化しているように、「これは愛の鞭だ」というような前近代的な思いこみや因習があるのではないか?

 時津風親方を解雇したと云う事は、相撲界からの永久追放という事で、相撲界の内側から観れば、重い処分と云う事になるのだろうが、時太山のリンチ死の真相解明と云う事には何ら進展させていない。それどころか、親方が相撲関係者でなくなれば、時津風親方は只の山本順一さんになってしまう訳で、理事会に呼び出して真相を糺すという事も出来なくなってしまう訳だ。
「もう山本さんは相撲界とは関係ないので、あとは警察で宜しくやって下さい」
という事に等しいではないか。また、「時津風」という名跡は、山本順一氏の個人的な私有財産なのだそうだ。だから時津風の名跡を譲り、時津風部屋を存続させる為には、後継者……前頭、時津海が有力と言われているが……が、時津風の名を買い取らねばならず、幾ばくかの金銭が元親方に支払われる事になるという事だ。これ、人一人の命を亡くして解雇される人間にそういう金銭授受が発生するとは、一般社会の常識からかけ離れているのではないか?

 相撲界は時津風親方の解雇をし、理事達が自主的に減俸した事で世間が納得すると思っているようだが、それほど大衆は馬鹿ではない。閉鎖的な相撲馬鹿だけで運営し、前近代的な因習を伝統の名で無反省に固執する事を考え直さねばならない時期に来ているのではないか? そしておそらく、これは相撲界だけの体質ではないだろうという事が問題なのだと思う。会社組織も、政界も、おそらく閉鎖的な身内の論理だけで動いている。きっと演劇界もそうだと思う。だから私は演劇界の横の繋がりが息苦しくて仕方がないのだし……

 朝青龍の心の病もかなり寛解に向かっているそうだが、日本に戻ってきたら早々に再発するのではないかと私は思う。郷にいれば郷に従えという閉鎖性は、おそらく相撲界だけでなく「日本」というナショナルアイデンティティーその物が問われる問題であろう。多分、その延長線上には靖国問題や死刑存廃論の問題もあり、天皇制へと繋がっていくだろうと思う。私たちは大相撲の不祥事から、
「私たちは何者か?」
という事を問えるであろうか? 危機感を持てるであろうか? おそらく、そこまで考えなければ相撲界の自浄能力も期待できないであろうと思う。

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